「頼りになる人」と「頼りを必要とする人」の視点で見た高齢者問題

以前「6ポケット」という言葉をよく耳にする時期がありました。

1人の子どもに対し、両親とそれぞれの祖父母、合計6人分の財布があることを指し、少子化を象徴すると同時に、高齢者の経済力を示す言葉として使われていたように思います。

預貯金などの金融資産が高齢者に偏っているという統計上の数字もあり、今の消費を担う中心的な存在として高齢者を取り上げることは少なくありません。シニアニーズをいかに取り込むのか、というのは、これからも多くの企業の重要な課題の1つでしょう。

■「高齢者」の定義は何歳なのか?

現在は、65歳以上の方を「高齢者」と呼ぶのが一般的です。
この区分は先進国で概ね共通のようで、遡ると国連が1956年の報告書で使用したのが始まり。日本においても、1965年の国勢調査で老年人口の区分を60歳から65歳に変更しています。

ちなみに先日、日本老年学会と日本老年医学会から「高齢者の定義を75歳以上にしてはどうか」という提言が出されニュースとなりましたが、人数の増加が確実な高齢者の方々を、いかに「現役世代」として考えていくかという視点も少なくないようです。
現在65歳から受給できる老齢年金についても、原則の支給開始が70歳ぐらいに引き上げられても不思議ではないですよね。

■高齢者を取り巻く環境は千差万別

それはさておき、ひと言で高齢者といっても、その方を取り巻く状況は人それぞれです。企業経営者や自営業者はもちろん、従業員としてフルタイムでバリバリ仕事をされている方もいれば、仕事を引退し、自分の好きなことのために自由な時間を楽しんでいる方もいます。
また、健康上の問題や気力の問題等で、外に出ることがままならない方もいれば、病院や施設に入っていらっしゃる方もいます。

お金の面から見ても、十分な資産をお持ちの方もいれば、「下流老人」という言葉に代表されるように、日々の生活さえ厳しいという方もいらっしゃるでしょう。

最近になって、介護や認知症に関わる問題や、高齢ドライバーによる事故が多発している問題など、いわゆる「高齢者問題」が目につく頻度が高まってきたように感じますが、その問題の中身も人によって大きく異なることを意識するべきです。

ある人にとっての高齢者問題は、「お金が不足している」という経済的な問題でしょうし、別の方にとっては「常時介護が必要なのに、希望する施設に入れない」という施設への入居待ちや、それに付随する家族内のサポートに関わる問題だったりします。またある人にとっては、近い将来発生するであろう、相続対策の問題かもしれません。

子どもの数が減っていることと合わせた少子高齢化問題は、通常、社会全体で取り組むべき課題として認識されています。社会全体の問題ということは、日本人全員が当事者意識を持つことが望ましいように思いますが、何らかの課題をもった(=誰かの助けを必要としている)高齢者が身近にいなければ、自分ごととして考えにくいのではないでしょうか。

実際、60代後半で健康な方は、30代や40代の子世代にとって、経済的な支えとなっているケースもよくありますから、若い世代から見ると「頼りになる人」です。
その「頼りになる人」がどこかのタイミングで、「頼りを必要とする人」に変わった時、周りの家族がどのように関わっていくのかを早い段階で意識しておくことは重要でしょう。

■自分ごととして考えた場合に大切となる「共助」

いずれにしても大切なのは「頼り、頼られる状態」は一方通行だと長続きしにくいということ。ある面では助けられる側の人も、別の面では助ける側に回ることはよくあることです。

公的年金の財政問題に象徴されるように、いわゆる「公助」の将来には不安がつきまといますが、制度が完全に無くなることは考えにくいものです。
一方で、弱まっていく公助に対する備えとして、確定拠出年金のように、自分の将来の資金は自分が作っていくという「自助」を後押しする制度も整えられつつあります。

でも、これからの時代に最も大切なのは、家族や企業、地域コミュニティのメンバーが共に助けあうという「共助」なのかもしれません。特に、自分ごととして考えた場合、その時までに周りの人とどのような関係を築いてきたのかが、いざという時の生活を守る大きな要素になるように感じるのです。

「公的社会保障の財政が持たないから押し付けられる」という、経済面を中心にした後ろ向きな関わり方でなく、これからの時代に必要な家族や地域の形として、もう少し前向きに考え、周りの人と一緒に取り組む必要が出てきているのではないかと考える次第です。

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