GW後半5連休の中日となる今日(5月5日)は子どもの日です。

統計によりますと、日本の14歳以下の人口は1,571万人となっており、総人口に占める割合は12.4%です。この数字、人口としては36年連続、総人口に占める割合に至っては43年連続の減少となっているそうで、耳慣れてきた感のある「少子高齢化」が益々進行していることを感じずにはいられません。

■変化に対する反応

さて、こうした人口構成の変化とともに、私が関わるお金周りの世界も大きな変化の波がきています。
2月21日のブログで触れた「フィンテック(Fintech)」は、その代表的なものですが、このような変化に対する反応は人それぞれです。

積極的に知識を得て、自分の生活や仕事に取り入れる努力をする人と、よくわからないとか自分には関係ないからといって近づかない人がいらっしゃいます。

ちなみに「努力をする人」と言いましたが、実はここにも人によって大きな違いがあります。

フィンテックを例にすると、もともと金融やITに興味を持っている人にとっては、新しいことを考えたり実際に試したりするのは努力でもなんでもなくて、単に「好きなことをやっている」だけです。ゲームをなかなか止めない子ども(もちろん大人も…)と一緒で、休日だろうが、夜更かしをしようが、何の苦も無く没頭できるでしょう。

一方、「これからの時代はフィンテックが理解できないと生活水準に大きな差が出る」という言葉に不安を覚え、やりたくもないのにやっている(=やらされている)感のある人にとっては、苦痛以外の何ものでもないかもしれません。

つまり、客観的には「フィンテックを理解するために努力している人」というくくりで同じように見えても、本人からすると「好きなことに没頭している人」と「嫌なことに我慢して取り組んでいる人」という違いがあるわけです。

■黒船来航

とはいうものの、世の中の変化が現実のものとなりつつあるとき、その分野について無知であることは好ましくはありません。

人を煽る言葉はあまり好きではありませんが、こうしたお金周りの話やその先にあるフィンテックの話は、「生活の中のちょっとした差」が、積もり積もって大きな違いになっていくことはありえるため、最低限の知識や情報を取り入れていく必要はあると思うのです。

しかし、この「日常生活の中のちょっとした差」に自ら気付くことは難しいものです。

たとえ話をしましょう。

私自身、このGW中にパソコン環境が大きく変わったのですが、これは仕事仲間の方からの働きかけによって進んだ変化でした。わかりやすく言うと黒船来航です。

最初は脅威にすら感じる黒船ですが、変化を受け入れるかどうかによって、その先の道のりに大きな差が出るのは事実。実際、今回のパソコン環境の変化によって、これまで自転車で頑張って登っていた坂道をバイクで登るような違いを感じています。

■小さな変化の大きな差

自転車とバイク。

これって「劇的な変化」でしょうか?

例えば、自宅から自転車で10分かかる最寄駅まで、バイクで行くと5分程度で行けるかもしれませんが、これぐらいなら誤差の範囲と言えるかもしれません。少しだけ早く起きれば埋められる、いわば「ちょっとした差」です。
しかも、道中狭い道が多くてスピードが出せないとか、自転車にしか通れない近道があると、「健康のためにも環境のためにも自転車の方がいい」という結論を出す人も少なくないでしょう。

でも、これが500キロの移動だとしたらどうでしょうか?

自転車の平均速度は状況によって大きく違うようですが、調べてみる限りおよそ時速20㎞のようです。つまり、500キロの道のりに25時間かかる計算です。

ではバイクだといかがでしょうか?
さすがにこの距離だと、高速道路も使えるでしょうから、とりあえずの平均速度を時速50㎞だと仮定しても10時間で到達します。

しかもここでは休憩時間を考慮していません。
当然、人力に頼る自転車ではより多くの休憩が必要となりますし、25時間の移動であれば、途中で睡眠をとることも必要になるでしょう。

そうすると、最初の「ちょっとした差」が「埋めることが難しい大きな差」になっていることは明らかです。

今回の話は、最初の差が「徒歩と新幹線ほどの差」でないところがポイントです。

徒歩と新幹線ほど違いがあると、その先に発生する大きな差を誰もがすぐに想像できます。
でも、自転車とバイクで、しかも自宅から10分の距離の最寄駅の話なので、「いや、私は自転車の方がいいです」という選択肢も十分に考えられるわけです。

ベストセラーである「バカの壁」という本の中に、

<結局われわれは、自分の脳に入ることしか理解できない。つまり学問が最終的に突き当たる壁は、自分の脳だ。>

 

<つまり、自分が知りたくないことについては自主的に情報を遮断してしまっている。ここに壁が存在しています。>

という文章があります。

つまり「すべてを理解することはできない」ということと、「すべてを知りたいとは思っていない」ということが、人間にとってのひとつの壁だという話ですが、破るべき壁が出てきた時、その先の道を示してくれる人が身近にいることは、大切なことなのかもしれません。

多くの生活者にとってのFPが、黒船の役割を担える世の中を願う次第です。

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